西大寺鉄道(2)


西大寺鉄道は、地元で「けえべん」と呼ばれていました。


前の仕事をしていたとき、西大寺に行きつけの喫茶店があって、
西大寺鉄道のこと聞きたいんですけど…」と言ったら、「けえべんのこと?」
と言われて、なるほど、軽便鉄道がそのまま愛称になったんだぁ、と
気づきました。


軽便鉄道は、一般的にJRの線路幅(1067mm)よりも狭い、線路幅の鉄道
を指します。現在、日本に残っているのは、富山県にある黒部峡谷鉄道
と、三重県にある近鉄内部線、八王子線三岐鉄道北勢線だけです。


私は、近鉄内部線だけ乗ったことがあるのですが、遊園地の汽車が実際
の鉄道として営業運転しているような感じで、とても面白い乗り物でした。
でも冷房が無かったため、車内が暑くて残念でした。


クルマ社会になる以前は、全国各地に軽便鉄道がありました。岡山でも
笠岡から矢掛・井原を結んでいた「井笠鉄道」や、茶屋町から下津井まで
(晩年は児島〜下津井)を結んでいた「下津井電鉄」も軽便鉄道でした。
今はどちらもバス会社になっていますね。


軽便鉄道の多くは、線路の幅が762mmで建設されたのですが、西大寺鉄道は
914mmで建設され、一般的な軽便鉄道より少し線路の幅が広い規格を採用
していました。今となっては、なぜこの規格を採用したのかは分からない
そうです。


西大寺鉄道は、1911年に長岡(東岡山駅)から観音(西大寺)までが開通し、
翌月には、森下まで開通しました。
本来は、中納言付近まで路線を延ばして、岡山電軌や三蟠鉄道(今の新岡山港
付近まで伸びていた軽便鉄道です)と連絡したかったようなのですが、結局用
地買収ができず、後楽園に線路を延ばして終着駅としました。
これが1915年になります。


西大寺鉄道路線
http://www.rrr.gr.jp/digital_museum/saidaiji/saidaiji_rosen.html