岡山の路面電車(3)


岡山の路面電車営業キロがとても短いのですが、40年近く前までは
もう少し路線がありました。


岡山駅前から桃太郎大通りを東へまっすぐ行くと、城下の電停があります。
今の電車は、この城下の電停を右折して県庁通り電停を目指すのですが、
この城下の交差点を左折する支線がありました。


それが番町線です。


単線の路線だったそうで、県立美術館の横を通って、後楽園通りと交差した
あと左折して西に向かい、裁判所のある番町交差点の手前まで走っていました。


今の新鶴見橋の工事の関係で道路が拡張されることになり、昭和43年に廃止
されてしまいました。


私が番町線に気づいたのは、伯母が高校生の頃に使っていた地図帳が
実家にあり、それをつぶさに眺めていたときでした。


東山線清輝橋線しか無いはずの岡山の路面電車に、城下からチョロっと
伸びている線路・・・。当時は気になって気になって仕方が無かったですね。


番町線は、城下の電停で乗り換える手間があったそうで、どれくらい
利用されていたのか私は想像もつかないのですが、タイムマシンがあったら
見てみたいものです。


番町線の写真
http://www.hobidas.com/blog/rail/photo/archives/2007/02/100101.html
この写真がどこなのか、よく分からないんですよ・・・。


http://www.rrr.gr.jp/digital_museum/romen_densya/bancyo_sen.html
今はこの奥に新鶴見橋が架かっているはずなのですが・・・。



岡山の路面電車には、もう一つ廃止された区間が存在します。


清輝橋線は、昭和21年に清輝橋まで路線延長されるまで、柳川線と
呼ばれており、当時の終点は大雲寺でした。


今では大雲寺交差点のところに大雲寺電停があるのですが、路線延長が
行われるまでは、新西大寺町電停を出ると商店街入口の脇にある、斜めの
道路に入り、大雲寺の横っちょら辺に、大雲寺電停がありました。


柳川筋は、岡山城のお堀を埋め立てて道路にしたもので、この斜めの
道路もお堀の跡になります。路面電車が開通する以前の古い地図を見ると、
岡山市中心部の広い道路は、お堀を埋め立てて転用しているところが多く、
なかなか興味深いものになっています。


古地図等は、県立図書館にもありますので、興味のある方はご覧になって
みてください。


http://www.libnet.pref.okayama.jp/makane/index.htm
↑このページで古地図を見ることもできます。